百科事典棒で愛を叫ぶ①

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ラブレターをかこうとしたのだ。百科事典棒で。

 

@alpocotter
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朽木 誠一郎(くちき せいいちろう)

 

医学生をしながらインターネットにコラムをかいています。いまのところ、小学館Menjoy!IRORIOJunkStageに所属。

 

山田詠美さんの『僕は勉強ができない』にある“どんな大文豪でも射精の瞬間には高尚な悩みなんか忘れてる”の台詞が好きです。

 

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村上春樹のすごい棒

 

村上春樹が嫌いだ。

 

嫌いすぎて嫌いすぎて、今度はいったいどれほどいけ好かない主人公が登場するのかと気になり、いつのまにか中編長編のすべてを読んでいた。

 

あれ、僕は村上春樹すきなんじゃないか。

 

とくに『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』が好きです。

 

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かいつまんで説明すると、いけ好かない男がおかしな博士にひどい目にあわされるけど、結局それをやれやれと受け入れてよい夢を見るというおはなし

 

“百科事典棒”という概念は、その『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に登場する。

 

おかしな博士いわく、“どこかの科学者が考えついた理論の遊び”であるという。“百科事典を楊枝一本に刻みこめるという説”のことだ。

 

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これぜんぶ

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これに


 

この棒がとにかくすごい。百科事典が何十冊、何百冊あろうと、それを一本の楊枝に刻みこむことができるのだから、驚きだ。

 

それも、ただ文字を小さくするような姑息なマネをするのではない。ここから、村上春樹の棒のすごさを説明していきたい。

 

まず、百科事典の文章を、すべて数字に置きかえる。このとき、ひとつひとつの文字を二桁の数字にする。

 

Aは01、Bは02、というように。00はブランクとし、同様に句点や読点も数字化する。これで、どんな文章も数字に置きかえることができる。

 

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29コの数字で、この世の全てを記述する

 

そして、それを並べたいちばん前に小数点を置く。すると、小数点以下にたくさんの数字が並ぶ。例えば、0.0401091225…というように。

 

最後に、その数字に対応した楊枝のポイントに刻みめを入れる。これがこの棒の立派なところであり、同時にハードなところでもある。

 

わかりやすいものでは、0.5000……に対応するのは楊枝の中央、0.3333……なら前から三分の一のポイントだ。

 

より複雑な数字でも、小数は必ず分数にできる。分数にできるポイントは、楊枝に刻みこめる。分母分分割し、分子分並べればよいのだから。

 

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だから、どれほどたくさんの情報だとしても、楊枝一本に刻みこむことができるのだ。あくまで、理論上は。

 

ここで、おかしな博士は人間の“思念”について言及する。

 

“時間とは楊枝の長さのことです。中に詰められた情報量は楊枝の長さとは関係ありません。”

“それはいくらでも長くできます。永遠に近づけることもできます。循環数字にすれば、それこそ永遠につづきます。終らないのです。”

“あなたの肉体が死滅して意識が消え朽ち果てても、あなたの思念はその一瞬前のポイントをとらえて、それを永遠に分解していくのです”

 

(村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)

 

たとえあと1秒しか人生が残っていなくても、人間の思念は永遠に向かうのだ。これはすごく、ああ、いけ好かない。でも、ロマンチックだ。

 

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ロマンチックである

 

少し前に、生まれてはじめてひとめ惚れをした。

 

大人になって、社会に触れるようになって、いちばん難しくなったのは恋愛じゃないだろうか。

 

どうせなかなか伝えられない思いなら、いっそとってもまわりくどく、ロマンチックなやりかたで表現してみよう。

 

そうだ、百科事典棒で愛を叫ぼう。

 

百科事典棒で愛を叫びたい

 

手はじめに“ I LUV U. ”を百科事典棒メソッドで数字に置きかえてみる。“ I ”は“ 09 ”、“ LUV ”は“ 122122 ”、“ U ”は“ 21 ”である。

 

スペースを“ 00 ”、ピリオドを“ 28 ”として、“ I LUV U. ”は“0900122122002128”だ。このいちばん前に小数点を置いて、“ 0.0900122122002128 ”。これで置きかえは終了。

 

爪楊枝が約6cmだから、6を掛けて“ 0.5400732732012768 ”cmのポイントに刻みめをひとついれるだけで、“ I LUV U. ”を伝えられるのだ。

 

……まてよ。“ 0.5400732732012768 ”cmって何センチだ。

 

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さいごの桁は10−18で単位はアトメートル、漢数字では千京分の一、命数法では一刹那。ちなみに原子とか分子はナノメートル。おわかりいただけるだろうか。

 

定規にない目盛りは刻めない。棒自体を長くしたとしても、たとえ地球一周4万キロを大きな棒に見立てたところで、“I LUV U.”には小数点以下9桁、つまり原子や分子レベルの刻みめを入れる必要がある。

 

そもそも、“ I LUV U. ”だってちょっとズル(LOVEとYOUを略)しているのだ。これを日本語の“愛してる。(aishiteru.)”にしてみよう。数列は“0.01091908092005182128”となり、この時点で英語より3桁多い。

 

これまでの人生、“愛してる。”と誰かに言った記憶もなくはない。この言葉の重みを知りもせず、いかに軽々しく愛を囁いていたことか。

 

そんなもんじゃないぞ、愛。

 

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ねえ、爪楊枝くん、いったいどうしたらいいんだよ?

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「やれやれ」と僕は言った。


 

村上春樹の棒が肝心なときに役に立たなくても、僕は愛している人に愛していると伝えたいのだ。

 

“優れた音楽家は意識を音に置きかえることができるし、画家は色や形に置きかえる。そして小説家はストーリーに置きかえる。”これもその博士の言葉だ。

 

本編にはこれ以上の言及はないけれど、音と色(形)についても僕が試してみよう。

 

諦めるのはまだ早いはずだ。

 

 

 

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